Forgetting-BarⅡ

2015年もよろしくです。m(_ _)m

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舞台というものは人によって評価が180度変わるから面白い(笑)

今夜行く予定だった舞台(劇団☆新感線)、、、結局仕事終わらず…orz

明日のナビスコもギリ着のスーツ参戦になると思われ…( ̄Д ̄;;

今週・来週と本業が忙しいなぁ・・・(苦)


とりあえず、先週の観劇レビューだけ上げときますm(_ _)m


『NGワードライフ』
2011年9月8日(木)~9月11日(日):天王洲銀河劇場 ※最前列(センターブロック)
作・演出:鈴木おさむ
出演:今田耕司/宮川大輔/野間口徹(親族代表)/伊藤修子(拙者ムニエル)/入江慎也(カラテカ)
http://www.imachan-stage.com/archive/index.html

あらすじ
舞台は1981年の大阪。川本新喜劇の座長である大矢ケン太(今田耕司)は、世の中の漫才ブームを受け、新喜劇が昔のような人気を失ったことでクサクサしており、共演の女優に手を出す、悪い筋との交流など、誰も手がつけられないような状態になっていた。
しかし、そんなケン太も78年には新喜劇を誰よりも愛し、笑いを愛し、それまで受け継がれてきた新喜劇という伝統の中で新しい笑いを生み出そうとひたむきに打ち込む芸人だった。誰からも愛され、笑いに愛され、後輩からも憧れられていたケン太がたった三年でなぜこんなにも変わってしまったのか。
そんな中、81年の川本工業大阪グランドシアターの楽屋に、大きな声が取り柄の芸人・モン平(宮川大輔)がいた。モン平はケン太班の右腕だったのだが、肺がんを患い、余命いくばくもないため、その日を持って川本新喜劇を去ることになっていたのだ。
モン平は決意する。「俺、変わって欲しいねん。昔の兄さんに戻ってもらいたいねん。だから今日、オレはケン太兄さんに敢えて言ってはいけないこと=NGワードを言う」とマネージャー(親族代表/野間口徹)や衣装見習い(拙者ムニエル/伊藤修子)に宣言するのだ。
しかし、モン平には誰にも言っていない秘密があったのだ……。


0000104.jpg


2008年『尋常人間ZERO』、2009年『愛Pod』に続く「今田耕司×鈴木おさむ」のタッグ3作目。
今年3月の公演予定が震災の影響で公演延期となり、
一部脚本を手直ししての9月公演となった。

舞台は大阪。
ざっくりのあらすじは上記の通りだが、
誰が見ても想像がつくであろう「吉本新喜劇」の3班あるうちの1人の座長芸人にスポットを当てた物語だった。
演出手法としては1978年と1981年の取り巻く状況(時間軸)を交互に暗転・転換させて進行させ、
最後に謎解き的な衝撃事実を明かして一つの物語を完結させるという
このシリーズ独特の手法で今回も構成された舞台だった。

で、、、

いろんな方のレビュー記事やツイッターの感想等を見させてもらったが、
その中で大多数の方が用いた「感動」と「号泣」という表現や言葉、
自分の場合、これが今回の『NGワード』となったかもしれない。

ぶっちゃけ、"泣くこともなければ大きく感動することもなかった"というのが素直な感想。

8月の『芸人交換日記』で受けた衝撃があまりにも大きかったというのも理由の一つだが、
それ以上に気持ちが醒めてしまったのがこの舞台の主人公の生き様である。
彼の生き様は自分の人生美学に反するもので、
それゆえに最後まで感情移入して観ることが出来なかったのだった。
でも逆に言えば、
そう思わせるほどの役者・今田耕司の迫真の演技だったとも言えるか…(^_^;)

78年と81年のたった3年間で性格も顔つきも何もかもが変わってしまったケン太。
そうなってしまったきっかけが81年に世間を席巻し一大ムーブメントを巻き起こした漫才ブーム。
漫才ばかりが大衆にウケてTV番組には引っ張りだこ、
対する新喜劇はいくら面白いものを作っても誰も見向きもしない…。
漫才ブームが沸き起こる前(78年)まではお笑いを愛し伝統の新喜劇に真摯に取り組み、
後輩芸人にも慕われ優しかった座長が3年後、
この漫才ブームをきっかけに何もかもが一変してしまった。

腐る気持ちは解かるし、嘆きたくなるのも理解は出来る。
でも、そのやるせない感情を周囲に当り散らし、挙句に足を引っ張り、
道連れ的に奈落の底へと引きずりこむケン太。
酒に溺れバクチに走って落ちぶれるのは本人の勝手だが、
これまで慕ってきた芸人仲間や後輩への日常的な暴力・暴言、
女芸人へのセクハラ、バクチへの勧誘・道連れ、気に食わないとステージから降ろし、
そして仕事(新喜劇)そのものに穴を開けようとするケン太・・・

これはないわ。

理由如何を問わず、周りに当り散らす行為は人として許せない。
自分が一番受け入れられない振る舞い。
堕ちるなら一人で堕ちろ!と。

もう、この時点で自分はアウトだったw

彼を立ち直らせようと必死になるモン平や周りの人たちが不憫でならなかったわっ。

スーッと気持ちが醒めてしまって、
この後のクライマックスでケン太が目覚めて
立ち直るきっかけを与えたモン平の衝撃的告白シーン、
普通に泣けるシーンだったけど、でもやっぱり自分はダメだった…orz
ってか、彼を支え続けてきた右腕的存在のモン平の不幸がきっかけで目が醒めるなんて…
(モン平の本当の病気は口喉ガンで手術すると声が出なくなるので芸人を辞めざるをえなかった)
ここが『芸人交換日記』の甲本との決定的な違いであり、
この舞台の見方が180度変わった要因だった。


いや、舞台全体としては物凄く良い舞台だったんですよ。
けしてハズレ芝居ではなく、さすが鈴木おさむ氏といえる舞台だったです。
今田耕司は3作観た中で今回が一番良かったし、
78年と81年の2つの顔を演じ分けた演技は実に素晴らしかった!
また同等に渡り合った宮川大輔の迫真の演技にも自然と引き込まれた。
そして脇を固めた3人も各々の存在感で物語を引き締めていたと思う。
「頑張っても、頑張っても、どうにもならんことがあるっていつ知った?」
このケン太のセリフにはズシンときたし、
エンディングをきれいに収めた鈴木おさむ氏の脚本は見事だったと思う。

それだけにケン太のこの設定だけが自分としては少し残念だったな。。。


余談だが、
今回新喜劇芸人にスポットを当てたのは、
鈴木おさむ氏が今のお笑いブームに警笛を鳴らす意味合いもあったのでは?
と、少し感じたかも?!
ケン太の劇中での嘆きのセリフにこんなのがあった。

「(客は)劇場に笑いを見に来てるんちゃう! 
あいつらはテレビで人気の漫才師を見に来てるだけや!」

「なんで見てくれへんねん。なんで俺らに背中向けて帰るねん!」

これは現実として起こっている現象である。
品川やルミネでのお笑い公演で、お目当ての芸人の出番が終わったら
その芸人のファンは席を立って劇場を後にすると聞いたことがある。
若手芸人ばかりがメディアに露出しまくり、そんな彼らの固定ファンが多くなればなるほど
劇場に空席が多くなる時もあると聞いた。
売れっ子芸人になればなるほどその現象は露になると…。
そういったアイドルや歌手の追っかけと同じ感覚でお笑い公演にやってくるファンの子たちが
実に多いのが実情らしい。
本来のお笑いという娯楽を求めて劇場に足を運ぶお笑い好きの人は
ブームに反してあまり増えてないらしいね・・・。

ただ、公演中に席を立つのは特定芸人のファンの子たちだけが悪いのではなく、
芸人のマネジメントを行う吉本興業にも問題があるわけで、
同日に品川とルミネで舞台に立ち、さらにイベント(営業)のスケジュールも入れたりすると、
当然、ファンは全部見たいから一緒に付いてまわるわな。
公演途中で席を立たないと追っかけられないから
後ろめたく思いつつも公演の途中で劇場を後にしなければならない・・・
新喜劇なんて見てる場合じゃない!っていうのがファンの本音のとこだろう。

その現象を逆に舞台化して訴えかけたのが実は裏の狙いとしてあったのでは?

という裏読みをしてしまった(笑)

まぁ、これは主催が吉本さんの公演だったから それはないだろうけど・・・w


一応、ちょっとそう感じたので余談ということで上げときます(^_^;)



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テーマ:演劇 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2011/09/13(火) 23:59:41|
  2. 舞台観劇
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